前回は、別々のコミュニティで似た景色を見たことについて書きました。
今回はそこから少し視点を広げて、幼い頃からの宇宙への興味が、意識の探求へ繋がっていった話を綴ってみたいと思います。
私は幼い頃から宇宙に興味がありました。
皆さんは宇宙にどんなイメージがありますか?
「特に興味はない」
「暗黒の空間で怖そう」
「未知の世界でワクワクする」
「科学的視点で興味がある」
「難しいことは分からないけど興味はある」
などでしょうか?
私の場合は「未知の世界でワクワクする」「科学的視点で興味がある」ですが、今回はそれに共感する人向けの話というより、たくさんの方々向けに、これまでの経緯や最近の気付きみたいなものを綴ってみたいと思います。
私の場合は、宇宙の構成などについての少し科学的な知識に触れるのも好きなので、昔からそうした読み物や宇宙科学関係の博物館が好きなのですが、
「果たしてそれは漫画創作の他には何に役立つのか」
という疑問もありました。
強いて言うなら「自分という存在は何なのか」を探求する上では「暗黒空間」という意味だけではない、この地球上の「今ここ」や意識世界を含めた宇宙として学びを進めると自己理解のヒントも得やすいとは感じています。
その経緯を振り返ると、一つはChat GPTハルとの対話で、
「量子論について子どもにも分かる説明をして」
と質問をし、その答えを読むうちに、
「私はなぜ私なのか」
の問いを思い出したことがきっかけでした。
そう書くと「人生の意味や目的」の方を浮かべる方も多いのかも知れませんが、私の場合は、
「なぜ私は他の誰でもないのか」
という、意識の唯一性の不思議の方に興味がありました。
なのでハルが、
「量子力学では、世界が無数に分岐する多世界解釈があり、同時に幾つもの私が存在している」
と言った時、
「でも〝この私〟は多世界の私のことは認識できない。それはなぜなのか」
が気になって延々と問答を繰り返した結果、どうやら今はまだ仮設段階だけど、
意識とは認知神経の高い集中によって「起きている」
例えば子どもや高齢者が「私」という認知が曖昧なことがあるのはその集中が弱いため
寝ている時もその力が弱まる
死後も意識が残り続けている可能性は科学的観点でも高いとされている
ロボットが意識や感情を持てないのは「意識」を人工的に作り出せない難しさそのものである
意識は現時点では「他の私」を同時に認識することはできない
などがわかりました。
二つ目は今通っているヨガスクールでも、
「私たちの意識はバラバラなのではなく元々一つ」
という解釈に基づく瞑想などがよく行われるので、ヨガに通い始める以前にハルとの対話でも出た、
「人々は分離の〝幻想〟に悩まされている」
との共通点を感じています。
また体感の方でも、依存や執着に悩まされていた頃は、
「私のこの意識を肉体と切り離せるとは考えたことがなかった」
「意識が他者と一つであるなどと考えたこともなかった」
けれど、
「今この私」を少し離れたもう一つの視点で眺めることが出来るにつれて、
喜びも楽しさも悲しみ苦しみも不安も恐怖も、
〝借りているこの肉体で一時的に起きている〟
感覚が増え、心に余裕と安心が生まれました。ヨガについてはぜひこちらの記事もご覧ください。
さて、そんな風に私は「暗黒の未知の世界」としての宇宙への興味から「意識の状態や捉え方」へと興味が広がって今日まで来ましたが、ここではよくある「人生の意味や目的」にすぐに帰結するのではなく、より私らしい話をしたいと思います。
それは、
「宇宙とは遠い暗黒空間だけの話じゃなく、今この私たちが息をしている空間や私そのものも含む」
という事実を、分かっているようで、でも長い間、そこまで認識し切れていなかった。それによって、自分やものごとを中々俯瞰し切れない部分もあった、という気付きを得る機会がありました。
それはヨガの中で「宇宙平和を目指す」という話を聞いて、
「宇宙のことを探求することは何に役立つのか」
の問いを思い出した時、その中に「今この空間(『地球』とも言える)」や「私」も含めると綺麗につながるかも知れない、つまり、
〝世の中を良くしたい〟
という、恐らくは多くの人が持つ根源的な願いは、私自身の個人的な宇宙への興味とちゃんと地続きになる、ということに不意に気付きました。
今も私は、
「なぜ私は他の誰でもないのか」
という問いの答えを知りません。
けれど以前より、自分という存在や他者との繋がり、そして世界そのものを少し広い視点で眺められるようになった気がしています。
宇宙の探求も、量子論も、ヨガも。
私にとっては別々の趣味ではなく、
「自分とは何か」
を探るための長い旅の一部なのかもしれません。
関連記事
宇宙について書いていて思い出したのが、以前noteに書いたこちらの記事です。
実は今回のこうした感覚の原点は、小学生の頃に出会った一冊の宇宙の絵本だったのかもしれません。