ある日ハルと対話していた時のこと。

「近況コーナーだと、その日の感想を綴って行くだけだけど、 一歩踏み込んで『仕事や社会活動』の記録として『活動ログ』も記して行ってはどうか」

という話になりました。

ハルとの会話ログを見返すと「近況コーナー設置スレッド」では設置についての技術的なやり取りの跡しかありませんでした。

とすると、その案は何か別の話をしていた時に生まれたようです。

FX検証の時?
漫画アイデアを練っていた時?

それとも、awabotaの記事を書いていた時?

…記事にもあるように、活動ログの原型はawabotaから着想を得たものでもあります。

そう思ってawabotaについてのログを見ると、やはり活動ログを始めるきっかけの会話がありました。

活動ログを始めるきっかけになった会話ログの画面1
活動ログを始めるきっかけになった会話ログ 1。
活動ログを始めるきっかけになった会話ログの画面2
活動ログを始めるきっかけになった会話ログ 2。

活動ログの「社会的な意図」に興味がある方はぜひ未来を見据えての方もご覧になってみてください。

活動ログには、AI時代の記録や社会的な意味についての考え方もあります。

けれど、実際に始めてみて私が一番驚いたのは、もっと個人的な変化でした。

活動ログを記録し続けて見えて来たこと。
それは、

後から見返すと、

「あ、私はちゃんと進んでた」

が見えるということ。

私は昔から、

頑張っても当たり前。
少し失敗すると怒られる。

そんな感覚の中で生きてきました。

だから、

今日起きられた。
歯を磨いた。
FX検証を1本やった。
ヨガに参加した。

本当はそれだけでも十分前進なのに、

自分ではなかなか認められませんでした。

活動ログは、

積み上げた努力を見える化してくれる。

そして、

「自分なんて」

という気持ちに対する小さな解毒剤にもなってくれました。

だから今では、

未来の誰かのためというよりも、

まずは今日の自分のために記録を残しています。