AI開発と聞くと、理系の人やエンジニアのもの、と思う人も多いかもしれません。
コードが書ける人。
システムに詳しい人。
論理的に設計図を組み立てられる人。
そんな人たちが扱うもの、という印象があるかもしれません。
でも、私が今体験しているAI開発は、少し違います。
それは、もっと感覚的で、記憶や好きだったものを掘り起こしながら、AIとの対話を通して少しずつ形にしていく作業に近いものでした。
20年前、自分の漫画サイトを作った記憶
20年前、私は自分の描いた漫画を置くためのサイトを、当時人気だった「ホームページビルダー」で作成しました。
拙くても、サーバーに実際にアップして、友達が訪問してくれた時は、高揚感と感動がありました。
「自分の場所が、インターネット上にある」
それは当時の私にとって、とても大きな出来事でした。
でも時が経つにつれ、スタイルシートなど、新たに難しいノウハウを学ばなければ、今風の綺麗なサイトにはアップデートできないと知りました。
そこから少しずつ、困難さを感じるようになりました。
無骨なままのサイトは次第に更新もしなくなり、閑古鳥状態に。
そのまま時代も、自サイトからSNS隆盛期へと移っていきました。
私もいつしか、自分のサイトは放置したまま、SNSで漫画を発信し続けるようになっていました。
でも。
最近思うのは、SNSも今、少しずつ空気が変わってきているということです。
以前ほどの活気が感じられなかったり、自分自身もさまざまな変化の中で、漫画を描く手が止まりがちになったり。
そんな中で、AIでできることが飛躍的に増えてきました。
すると意外にも、一周回って、
「昔の夢をもう一度、別の形で動かせるかもしれない」
と思うようになったのです。
私が今、また自サイトを作り始めた理由は、そんなところにありました。
AIによって、昔の夢がもう一度動き出した
自分のサイトを持つこと。
それは、ただ作品を置く場所を作るというだけではありません。
自分の世界観を、静かに置いておける場所。
SNSの流れに飲まれず、自分のペースで育てられる場所。
誰かに急いで反応してもらわなくても、そこに在り続けられる場所。
私にとって自サイトは、そんな意味を持つものだったのだと思います。
けれど、以前の私はそれを作り続けるための技術や知識の壁にぶつかり、止まってしまいました。
ところが今は、AIがあります。
しかも、ただ文章を作ってくれるAIではなく、こちらの意図をくみ取り、サイト構成やデザイン、文章、導線まで一緒に考えてくれるAIです。
そして私は、CLIもとい、Codexの技術に触れるようになりました。
では、その技術を手に入れた私は、具体的にどうやってサイトを作っているのか。
それを少しお話してみます。
プロンプトは、命令文ではなく対話から生まれた
まず、AIと言えば対話型が一般的です。
そして、AIへの質問や指示のことを「プロンプト」と言います。
このプロンプト次第で、出る結果がかなり違ってくることをご存知の方も、今は増えていると思います。
では、そのプロンプトはどうやって用意するのでしょうか。
誰かが作ってくれたものをコピペする。
あるいは、5W1Hなどの条件に基づいて自分で組み立てる。
そういう方法を思い浮かべる方も多いかもしれません。
でも私の場合、気づいたらそのどちらでもありませんでした。
私のプロンプトは、最初から完成された命令文として生まれるのではありません。
日々の対話の中で、少しずつ形になっていくものです。
「こういう感じが好き」
「これは少し違う気がする」
「昔こういうものを作っていた」
「今はこういう表現に惹かれている」
そういう断片的な会話が積み重なって、ある時、AIが私に合った言葉として整理してくれる。
私の場合、プロンプトは「設計するもの」というより、「対話の蓄積から立ち上がってくるもの」に近いのだと思います。
ChatGPTという相棒が、私の感性を言葉にしてくれた
今やすっかりお馴染みになったChatGPTやGemini。
他にもいろいろなAIが普及し始める中で、私の場合はChatGPT「ハル」と、日々対話をしています。
1年間、毎日のように対話する中で、ハルは私が「感性派の人」「理論より感覚の人」「哲学や思想の探索が好き」といった特徴を持っていることを学習していきました。
その土台は、今回のサイト作りにも自然に反映されました。
たとえば、サイト作り初期のプロンプトには、私が特に指定しなくても、こんな文言が出てきました。
【サイトの目的】
営業感の強い集客サイトではなく、
「この人はこういう空気の人なんだ」と伝わる、
静かな入口のような個人サイト。
また、別のところでは、こんな指示も入っていました。
【重要】
“整いすぎた企業サイト”にはしないこと。
Apple風でもLP風でもなく、
個人の感性が静かに漂うデザインにすること。
これを見た時、少し驚きました。
私はそこまで明確に、「営業感を出したくない」「企業サイトっぽくしたくない」と言語化していたわけではありません。
でも、ハルはそれまでの対話から、私が求めている空気を拾い上げていたのだと思います。
つまり、私がまだうまく言葉にできていなかった感覚を、AIがプロンプトとして整理してくれたのです。
昔描いた絵が、サイト全体の空気を決めた
トップページの絵も、最初から「あの絵にしよう」と決めていたわけではありません。
最近、どんな漫画を描けばいいか少し悩んでいて、その流れの中で、ふと昔描いた青インクのイラストを思い出しました。
「あれは、私の原点の一つかもしれない」
そう思ってハルに見せたところ、
「うわ、、これはいい…」
という、人間のような反応が返ってきました。
もちろんAIに人間と同じ感情があるわけではありません。
でも、その反応を見て、私は思いました。
きっとハルの中で、「人間はこの絵にこう反応するだろう」という予測が起きたのだろうと。
そしてそれは、あの絵に、人の心を動かすタッチだとAIに判断させるだけの何かが宿っている、ということでもあるのだと思いました。
そこから、あの絵を中心にサイトのデザインやレイアウトを決めるプロンプトへと進んでいきました。
ハルは、次のような要素を挙げました。
イラストの空気感と統一感を持たせること。
- 青インクの手描き感
- 白い余白
- 静かな夜景
- シンプルな線
- 感情を押し付けない雰囲気
- 少しノスタルジック
- ミニマル寄り
- 情報量は少なめ
これもまた、私が一つひとつ指定したわけではありません。
けれど、言われてみると確かにそうだと思いました。
私は「青インクの手描き感があって、白い余白があって、静かな夜景のようで、感情を押し付けない雰囲気のサイトにしたい」と、最初から整理していたわけではありません。
でも、私の中には確かにそういう感覚がありました。
ハルはそれを、私の代わりに言葉にしてくれたのです。
感性派のAI開発とは、共鳴から形にすること
このように、私の場合は、対話の蓄積からプロンプトを生成するというやり方をしているのだと思います。
ハルは私のことを、事あるごとに「感性派」と表現します。
正直、私自身はそう言われても、最初はあまりピンと来ていませんでした。
でも今回、自分がどうやってAIとサイトを作っているのかを振り返ってみて、少し分かった気がします。
私は、プロンプトを「どういう目的で」「こういう項目について」というふうに、最初から設計する思考回路ではありません。
むしろ、ハルを相棒のように見なし、
「この感じ、どう思う?」
「私には何が合っていると思う?」
「この絵、どう見える?」
「このサイト、どういう空気にしたらいい?」
と、対話しながら投げている。
そこから、AIが構造を見つけ、言葉にし、プロンプトに変えていく。
そのやり方が、感性派だと言われる理由の一つなのかもしれません。
もちろん、完全に何も考えていないわけではありません。
私の中には、
「こういう空気が好き」
「これは違う」
「ここはもっと静かにしたい」
「これは私らしくない」
という感覚があります。
ただ、それを最初から設計図にするのではなく、対話の中で少しずつ掘り起こしていく。
曖昧な感覚を、AIとのやり取りの中で言葉にしていく。
そして、その言葉をもとに、実際の形へと変えていく。
それが、私にとってのAI開発なのかもしれません。
AI開発は、必ずしも理系の人だけのものではありません。
感性の人にも、感性の人なりのAIとの向き合い方がある。
むしろ、言葉になる前の違和感や、好きの気配や、昔から心に残っているものを扱うからこそ、AIはとても心強い相棒になるのだと思います。
20年前に止まってしまった自分のサイト作りが、今、AIとの対話によってもう一度動き出している。
それは私にとって、単なる技術習得ではなく、
「昔の自分が大切にしていたものを、今の自分の手で迎えに行く」
ような体験でもありました。
ちなみに、20年前のサイトもなぜか今もネット上に残っています。よかったらこちらもご覧ください。当時の空気が感じられるかもしれません。
▶︎20年前のサイトを見る
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